神戸発クルーズ「ぱしふぃっくびいなす」長崎くんち、上五島、天草の旅《公式》

大塚和成です!! 


朝日新聞デジタル&[アンド]

神戸発クルーズ「ぱしふぃっくびいなす」長崎くんち、上五島、天草の旅

天草沖の「ぱしふぃっくびいなす」

【連載】クルーズへの招待状

客船「ぱしふぃっくびいなす」の「長崎くんち・上五島・天草クルーズ」は、秋の大祭と、新しく登録されたばかりの世界遺産を訪ねるユニークな旅となりました。

10月5日、神戸を出港し、最初の寄港地長崎に到着するのは10月7日ですが、この道中は決して無駄ではありませんでした。なぜなら、船上ではこれから訪れる地にちなんだイベントや講演が行われ、事前に予備知識を仕入れることができたからです。

たとえば、初日の夜のショータイムは、俳優・南条好輝氏による語り芝居「長崎くんち物語」。諏訪(すわ)神社の祭礼「長崎くんち」の由来を盛り込み、南条氏がこのクルーズのために書き下ろした作品がドラマチックに上演されるのを見て、そこに向かう気分が盛り上がってきました。

さらに翌日は長崎県世界遺産課の井上貴弘氏による講演「新たな世界遺産の誕生~長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産~」も開催。2018年の世界遺産登録に至るまでの長い道のり、また、各教会や集落の特徴や見どころ、そして、教会見学の際の注意事項などが解説されました。

一方、船内にはスチームサウナのある展望浴室、図書室も完備しているのでゆっくりとくつろぐにも最適。シアターでは映画も上映され、夕方には「ふれんどしっぷ・ナイト」が開かれました。これはカクテルがふるまわれる簡単な歓迎パーティーのようなイベントで、気軽に参加できるよう乗客のドレスコードはカジュアル。気さくで親しみやすいクルーズから「ふれんどしっぷ」の異名を持つ「ぱしふぃっくびいなす」が、独自で生み出した乗客と乗組員が親睦を深めるイベントです。

船上生活を楽しみ、各寄港地での知識や準備が整ったところで長崎に到着。乗客には「長崎くんち」の桟敷席(さじきせき)が予約されていたので、専用バスに乗り会場へと向かいました。

約380年の伝統を持つ「長崎くんち」は長崎の氏神様「諏訪神社」の秋季大祭。氏子として踊りを奉納する町を「踊り町」と呼び、7年に1度当番が回ってくるそうです。今年は紺屋町(こうやまち)「本踊」、大黒町「唐人船」、出島町「阿蘭陀(オランダ)船」、小川町「唐子獅子踊」、東古川町「川船」、本古川町「御座船」と各踊り町の豪華かつ勇壮な奉納踊りが続き、いよいよフィナーレは椛島(かばしま)町「太鼓山(コッコデショ)」の登場となりました。「コッコデショ」の名の由来は、担ぐときの掛け声。全国的に有名な奉納踊りで、今年の太鼓山を担ぐ36人を選抜し、練習を積む様子は、テレビでも放送されたほどです。

実際にまぢかで見た「コッコデショ」は聞きしに勝る迫力でした。掛け声に合わせ太鼓山を宙に放り上げ、片手で受け止める担ぎ手たちのいなせな姿。太鼓山に乗った4人の子供太鼓手が後方にのけぞるアクロバットのような動き。それらをまとめ指揮をする人の妙。感激のあまり初めて見た私も「もってこーい、もってこーい」(アンコールの意味)の掛け声を連発してしまいました。

心地よい興奮とともに船に戻れば、ちょうど夕食の時間。唐墨(からすみ)大根、ハトシ(エビのパンはさみ揚げ)、長崎和牛の焼き物など、長崎名物も組み込んだ和食メニューに祭りの余韻がよみがえってきました。

ところで、九州の最西端に位置し、大小140余りの島が連なる五島列島はすべてが長崎県に属し、中通島(なかどおりじま)を中心とした北東部の島々は上五島(新上五島町)とも呼ばれています。4日目の朝は、中通島の青方港に到着。今年、世界遺産に登録されたばかりの「頭ヶ島(かしらがしま)の集落」を訪ねました。

そもそも「潜伏キリシタン」とは17世紀から19世紀の日本において、表向きは信徒でないようふるまいながら、ひそかにキリスト教由来の信仰を続けた人々。その歴史は約250年も続いたそうです。長崎・天草地方のキリスト教は、1550年にザビエルが平戸へ宣教したのが起源といわれ、その後、江戸幕府のキリスト教禁教令発布により、多くの宣教師や信徒が処刑されるなど弾圧を受けました。やがて、国内の宣教師はいなくなり、上五島・天草地方には、キリシタンが「潜伏」しながら独自の宗教的伝統を形成していきました。それを伝える12の構成資産が、2018年、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界遺産に登録されたのです。

そのうちのひとつ「頭ヶ島集落」は、病人の療養地のため人があまり近づかなかった島に、潜伏キリシタンらが移住してつくった集落。仏教徒の開拓指導者の下、信仰をカムフラージュしながら共同体を維持しました。キリスト教解禁後はカトリックに復帰し、教会を建て、潜伏の歴史に幕を閉じました。現在の頭ヶ島天主堂は、長崎県を中心に多数のカトリック教会を手掛けた建築家・鉄川与助の設計で建てられた石造りの教会で、約10年かけ信徒たちが1日数個の石を積み上げ、1919年に完成したそうです。

上五島では「ぱしふぃっくびいなす」に対する温かいもてなしも感動的でした。地元の子供たちのダンスパフォーマンス。特産品・ツバキのプレゼント。そして、岸壁の物産展では、中五島高校の生徒がクラブ活動の一環として自らプロデュースしたスイーツを販売していました。さらに、無料の釣り道具貸し出しもあったので、久しぶりに釣りに挑戦し、20センチほどの魚を釣り上げ、大興奮。岸壁にいた人に見せると「これはメジナですね」と魚の名前を教えてくれました。高校生や地元の人と話ができたのもよい思い出となりました。

動くホテルに乗って旅するようなクルーズでは、船上のナイトライフも大きなお楽しみ。今夜のショーは、独特なメイクアップで有名なマジシャン、ムッシュ・ピエールによる「ステージマジックショー」。畳みかけるように次々と披露されるマジックと、「トレビアーン」を連発する愉快なショーに拍手喝采となりました。

翌朝は、最後の訪問地・天草に入港し、12構成資産のひとつ「崎津教会」を訪ねました。天草下島の小さな漁村の集落にあるため「海の天主堂」とも呼ばれ、現在の教会は1934年に建てられたゴシック様式。しかし、外観と違い堂内は畳敷(たたみじき)。ステンドグラスから差し込む光線が畳に映え、独特な荘厳さを感じました。

※「崎津教会」の“さき”は、表外字。正しくは、“立”に“可”。

そして、「ぱしふぃっくびいなす」のラストナイトはフルコースのディナーをいただきました。日本クルーズ客船(「ぱしふぃっく びいなす」を運営する会社)の総料理長は、「現代フランス料理の父」とたたえられたオーギュスト・エスコフィエの弟子の称号「ディシプル・ド・オーギュスト・エスコフィエ」を持ちます。パート・フィロで包んだ天草エビ、松茸(マツタケ)のコンソメロワイヤル、天草牛の低温ローストなど、秋の味覚や地元の素材を入れ込み、季節感や土地柄を表現してくれました。

食後は、オブザベーションラウンジ「グランシャリオ」へ。昼は眺望の良いラウンジが、夜になるとフィリピンのバンド「ペイサロス・トリオ」の演奏がムーディーなバータイムを演出します。しかも、ここから私の客室までは歩いて1分。心行くまで、最後の夜を満喫できたのもクルーズならではと言えるでしょう。

「ぱしふぃっくびいなす」は、毎年12月になると華やかなクリスマスクルーズを行います。ワンナイトクルーズもありますので、現役世代も乗りやすいクルーズと言えるでしょう。

■このクルーズの問い合わせ先

日本クルーズ客船株式会社 クルーズデスク

電話0120-017-383

www.venus-cruise.co.jp/

(文 上田寿美子、写真 上田英夫/ 朝日新聞デジタル「&TRAVEL」)

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